近隣には目黒不動を中心に、いくつかの神社仏閣が点在し江戸時代からの寺町として発展してきました。
毎月28日の縁日には露天などが立ちならび、多くの参拝客でにぎわいます。
五百羅漢寺
鐘楼は国の重要美術品の認定を受けています。 昭和54年境内も再建されて蘇り、今では「目黒の羅漢さん」として親しまれています。
原爆殉難碑は原爆で不慮の死をとげた移動演劇班桜隊の俳優たちの碑です。毎年8月6日に慰霊祭が行われます。昭和27年に碑が建てられました。
成就院たこ薬師
別名蛸薬師といわれ、ご本尊の薬師如来が三匹の蛸(多幸)に乗った仏像があります。
目黒不動の開祖、慈覚大師によって創建されました。また、江戸後期の浮世絵師、鳥居清長の作として知られる絵馬「矢根五郎図」は国の重要美術品で、今は東京国立博物館に寄託されています。
境内には徳川二代将軍秀忠の側室にちなみ「お静地蔵」が祀られており、我が子保科正之の大願成就のお礼に奉納した地蔵があります。
安養院
所在は品川区ですが、山門は目黒側にあります。慈覚大師が開山しました。中興開山、唱岳長音木食上人が寛永元年(1624)に再建し、自ら彫刻した阿弥陀如来座像を安置して千日の不断念仏行に励まれました。さらに上人は自作の一尺六寸の寝釈迦(涅槃像)を安置して供養されました。檀祖は義士で有名な赤穂浅野家の絶大なる外護者となり「江戸名所図絵」には荘厳広大な昔の姿が偲ばれます。
境内には栃木市、定願寺より戦後観音堂の一宇を寄進され、約三百五十年を経過しているものと伝えられております。また、石造文化財も多く、ガンダーラ文化、美術も多く美術館としても有名です。
海福寺
寺の開祖は中国、明の高僧で、インゲン豆にその名をとどめる隠元禅師。万治元年(1658)日本で最初に黄ばく宗の寺として江戸深川にありましたが、明治43年水害にあい目黒に移りました。
梵鐘(都指定文化財)は天和2年、江戸藤原正次のすぐれた作品です。山門の四脚門(区指定文化財)は上落合の泰雲寺の山門でしたが、明治になって移され、四国宇和島の伊達家(笹に雀)が寄進したものです。 永代橋墜落供養塔(文化4年)もあります。
蟠竜寺
弁天様の愛称で親しまれており、江戸城裏鬼門守護の岩屋弁財天を祀り江戸の大地震や火災を防ぐ守護の為に建てられました。元は行人坂下の称明院をここに移した「霊雲山称明院蟠竜寺」で、寺の開祖は増上寺の高僧、霊雲上人といわれています。
本堂に安置されている本尊の阿弥陀如来座像(都文化財)は平安時代の名作です。本堂の右うしろの岩窟には弁天堂があり木造の弁財天が祀られております。おしろい地蔵もあります。




